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日々是好日〜読書日記〜{Revised ed.}

ありとあらゆる本の読後感想。時に映画・旅・恋愛ネタなど。
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05.30.00:02

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12.15.22:10

カルト?オカルト??

物事に熱中するのは、悪いことではない。
ひとの能力を高める、という意味では、推奨されることかもしれない。

しかし、それが常軌を逸したときにはどうなるのか?
その中心となる人物がいるとき、彼は<カリスマ>と呼ばれ、集団は<カルト>と呼ばれるようになる。

カルト集団そのものを否定するつもりはない。
古来からの三大宗教ふくめ、多かれ少なかれ彼らも<カルト>である。
それが周囲を巻き込むようになるとき、世間は彼らに注目する。

日本では、かのオウム真理教、<白装束集団>パナウェーブ研究所。
世界史上最大のカルトはA.ヒトラーによるナチスであろう。
彼らの背景には、何があったのか?何故彼らは生まれてきたのか??

今日の一冊。
「魔女とカルトのドイツ史」
(浜本隆志、講談社現代新書)
「ハーメルンの笛吹き男」から「魔女狩り」、さらに「ホロコースト」にいたるまでの展開を考察している。

アメリカ大統領の暴走、それに追従する日本首相。
かれらも一歩間違うと世界を破滅に陥れるカリスマとなりうる。
それを止められるのは、名も無いわれわれしかいない。

BGM.
WALTS FOR KOOP ALTERNATIVE TAKES
by KOOP
QUANGO OMG 5034-2
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12.14.08:51

「以上でよろしかったでしょうか?」「ワタクシ的には全然OKですが、それってどうよ?」

時代の流れとともに、物事の価値観・使い方は変化していく。
例えば<美人>の基準。
今で言えば「下膨れ」で一蹴されてしまう顔つきも、時代を遡れば<美人>の代表であった。

だが、変化の過渡期にあると、そこには少なからぬ問題が生じてくる。
以前からの価値観を愛用するものと、新しい価値観を好むものとの対立。
前者は後者を
「今どきの若者は・・・」
と言い、後者は前者を
「自分が理解できないからって・・・」
と言う。

どちらも、ある意味感覚的・感情的に「受け入れることができない」のだろう。
改めて理由を訊かれると、おそらくはっきりとは答えられない。
しかし、そこにはなんらかの<理由>があるはず。

今日の一冊。
「問題な日本語」
(北原保雄 編、大修館書店)

感覚的に「耳障り」な<問題な日本語>をとりあげ、それが生まれてきた理由・使い方などを解説している。

頭ごなしに否定するのではなく、「なぜそうなったのか?」を知っておくこと。
論理に裏打ちされた意見をだせること。
それが<スマート>な生き方になるのではないか。

To Be Continued

12.12.23:27

<もの>に向ける愛

本に限ったことではないが、収集家の方は多くいらっしゃると思う。
服しかり、CDしかり、最近だとフィギュアや食玩など。
箱にしまいこんでしまうには忍びないと、なんとか「見せる」収納を考える。
自慢のコレクション、おそらく家人には理解してもらえなくても、それでも他人に見せたい、と思うのは性かもしれない。

しかし、ふと考えてみる。
火事や地震が起こったら、どうするんだろう?
盗難にあったら、どうする?

「同じものを買えばいいじゃないか」と普通のひとは言うのだろう。
でも、<自分の所有していたもの>は<今売っているもの>とは似て非なる物の事も多々ある。

「薔薇の名前」のU.エーコいわく、愛書家は「本の内容」ではなく「物としての本」を愛し、特定の版の本を手に取り、愛で、対話をする存在であるという。

今では言葉狩りのためにあまり聞かれなくなった「キチガイ」ということばは、こうした<蒐集家>にこそ送られるべき、最高の褒め言葉ではないだろうか。

今日の一冊。
「悪魔に魅入られた本の城」
(オリヴィエーロ・ディリベルト、晶文社)

十九世紀の二度にわたる火事で失われたはずのドイツ歴史家の蔵書が、二十世紀半ば、なぜか相次いでイタリアで発見される。そこにひそまれた流転の謎を追い求めたノンフィクション。

<もの>に向ける愛は、ひとや生き物に向ける愛よりも理解はされにくいかもしれない。
しかし、そこにも確固たる<愛>は存在する。
もしかしたら、ひとに対するものよりも純粋な<愛>かもしれない。

BGM.
Joujoushka by unbeltipo
outOnedisk KBS-DDCO-1006

To Be Continued

12.11.00:01

ゆらく言葉、揺れるこころ

恋愛ネタです。

ことばでしかやりとりのできない状態。
君のことばにやきもきする僕。
僕のことばに動揺する君。

思わず電話をかけてみる。
いつも通りの声の君。
いつも通りのことば、間合い。

でも・・・
その間合いに、何かをお互い感じている。
微妙な緊張感。

「信じられない?」
それは禁句。相手をしばる呪文。
「分かってるだろ?」
それも禁句。さらに世界が揺らぐだけ。

大丈夫。
きみの帰る場所は、ぼくの腕の中だけ。
ぼくは君のためだけの止まり木。

12.09.00:26

窓からローマが・・・?

変貌し続ける巨大都市、東京。
2年前まで生活していたが、おそらくその当時とはすでにその姿は変化している。
そのものが生命を持つかのように蠢きつづける異界の一瞬を切り取って残す。
そうして残した瞬間にのみ、ひとは都市の呪縛から逃れることができるのかもしれない。
無意識のうちにそう悟っているからこそ、写真(含む携帯電話)を撮る行為が流行しているのだろう。

個人のプライベートな空間として成立している<部屋>。
その<部屋>と異界(都市)をつなぐのは「窓」。
「扉」と異なり、「窓」を通して入り込んでくるものはほとんどない。
窓から見える景色は、写真ほどではないだろうが、<個人のもの>としてある程度支配できている。
その部屋の住人以外知りえないだろう空間。

では、<窓>から見た{東京}を写した写真は、第三者の眼にどう映るのか?

今日の一冊。
「東京窓景」
(中野 正貴、河出書房新社)
(リンク訂正しました)

「誰もいない東京の一瞬」を切り取った写真集「TOKYO NOBODY」(リトルモア)で話題をさらった写真家のTOKYO第二弾。
<窓>をフレームにみたて、そこから切り取ったダイナミック都市「東京」。

窓を介して拮抗する、都市のエネルギーと人のエネルギーを感じてもらえるだろうか。
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