04.25.16:36
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10.28.07:55
テサロニキの街中を歩いていて気がついたこと。車椅子や義肢・杖などを扱っている店が多い。 そして、眼鏡屋がけっこうたくさんあった。 街中を行く人たちの半数・・・まではいかなくても、かなりの数の人がサングラスをかけている。 しかも、かなり黒々としたこんな感じのモデルばかり。 滞在最初の数日は、昼間に出歩かなかったこともあり、理由が分からなかった。 しかし、日中に海辺に出ると、サングラスの必要性がひしひしと感じられた。 なんと言えばいいのだろう、太陽の存在感が日本とはケタ外れなのだ。 海に面した、エレクトラパレスホテルなどの立ち並ぶアリストテレス広場を散策するとよく分かる。 直射日光のほか、海からの照り返しの光で目が痛くなる。 白内障などの眼の病気が特に多い、というわけでもないのだろうけれど、保護の目的でサングラスは必需品のように思えた。 海辺のオープンカフェで、濃い目のサングラスをした男女(男同士・女同士でも可)が語り合う・・・ うまくすれば一葉の絵になるだろう。 でも、日本人がやるともう一歩スタイリッシュに決まらない気がする。 写真はアリストテレス広場界隈を海側から撮ったもの。 このまま観光案内にでも使えそうな雰囲気。 PR
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10.26.09:08
靖国参拝問題がまたしてもぶり返した。
「私的」を強調した某氏だが、本当に<私>ならSPその他をつけずにこっそりと行ってきてもらいたい。 パフォーマンスにも限度というものがある。 ・・・過剰に叩かれまくっている日本。 かつてのアメリカでのジャパン・バッシング、最近の中国での反日デモ。 もちろん、アメリカ全土・中国全土でそんなことが起こっている訳ではないだろう。 そういう部分だけを切り取ってメディアに載せる。 そして彼らに対する恐怖心・怒りを植え込もうとする。 一種のプロパガンダ。 何度となく僕の記事の中で取り上げているが、あくまでもメディアが取りあげるモノは<ノンフィクション>ではなく<ドキュメント>なのだ。 そこに恣意があるのは当然。 大半の日本人にとって中国が「近くて遠い国」であるのと同様、中国人の大多数には日本は「謎の国」である。 そんな彼らは、<日本>をどういう風にとらえてきたのだろう? 今日の一冊。 「<鬼子>(グイヅ)たちの肖像−中国人が描いた日本人−」 (武田 雅哉、中公新書) 日中戦争当時、日本人兵士の蔑称として使われた<鬼子>。 それよりはるか昔、<倭>と呼ばれていた時代から日清戦争末期まで、中国人が想像した「日本人」のイメージの変遷史。 隣は何をする「国」ぞ。 隣の芝生は何色なのか? |
10.24.09:07
月曜の朝。
仕事場に顔を出し、コンピュータの電源を入れる。 ネットにつなぎ、仕事関係その他のニュースを一通り見て回る。 タイミングによっては、こうしてblogの記事を書き、投稿する。 電子メールソフトを立ち上げ、<受信>をクリック。 「30件の新規メッセージが届いています」。 ・・・30件? 仕事からみでそんなにメールが来る訳がない。 確認すると、大半が 「需要なお知らせ」「先日の件ですが」「○●のご紹介」 時に外国から「Re;」 ・・・スパムメールだらけだ。 念のためちらりと内容を確認(ウィルスだと洒落にならない行為だが・・・)して、全部ゴミ匣に放り込む。 この間、数分かかるかどうか。 でも、何千万もの人がこの「数分」を無駄にしたら、その損害は計り知れない。 どこの誰がこんな事をやってるんだろう?そんな時間かけて儲かるのか? 今日の一冊。 「スパマーを追いかけろ−スパムメールビジネスの裏側−」 (ブライアン・マクウィリアムス、オライリー・ジャパン/オーム社) ひとりの大物スパマー(スパムメールの送り主)と、アンチスパマー(スパマーをネット上から締め出そうとする人々)の生き方を軸に、彼らの<いたちごっこ>のような戦いをつづるドキュメント。 浜の真砂は尽きるとも、 世にスパマーの種は尽きまじ。 |
10.22.09:02
みなさんは映画やドラマのロケシーンに遭遇したことがどのくらいあるだろうか?首都圏に住んでいるひと達にとっては、当たり前のようにあちこちでロケが行われていて、特別気にしないかもしれない。 かく言う僕自身は、そのテのことにほとんど興味がない。 以前東京に住んでいた頃に時々出くわすこともあったが、横目でチラリと見て通り過ぎるだけだった。 昨年の9月に仕事でヴェネツィアを訪れた時、ちょうどサン・マルコ広場で映画のロケをやっていた。 早朝−おそらく6時前から広場の一画を区切り、中世とおぼしき衣装をまとった数多くのひと達(一部はエキストラ)が待機している。 約一週間の滞在期間中、アクア・アルタと呼ばれる高潮現象のためにサンマルコ広場が水に沈んだ一日を除き、毎朝撮影が行われていた。 写真はその時に撮った一枚。 時は流れ、もうすぐ16世紀のヴェネツイア(界隈)を舞台にした物語が公開される。 もしかしたら、あの時のロケはこの映画だったのかもしれない。 今日は映画のご紹介。 ヴェニスの商人 (海外の公式HPはこちら他) ウィリアム・シェイクスピアの手になる、あまりにも有名な戯曲。 マイケル・ラドフォートの手により、初の映画化。 10月29日(土)より、全国にて公開。 |
10.20.09:04
ゴミの分別が厳しくなってかなりの時がたつ。
かつてはおおざっぱに「燃える」「燃えない」だったものが、事細かに分類されてしまった。 HPの上で「このゴミは分類上どうなる?」を登録している自治体も少なくない。 さらに、事業系のみではなく家庭ゴミも有料化されているところも増えた。 (ともにリンク先はその一例) 一旦捨てられたゴミは、元の持ち主にとっては何の価値も見いだせないもの、もしくは記憶の彼方に追いやってしまいたいものに他ならない。 しかし、視点を変えれば・・・ 新たにそこに<価値>を見いだせるひともいる。 彼らからみれば、ゴミ捨て場は「路上で」開かれているリサイクルショップやフリーマーケットだろう。 そこから「自分に価値あるもの」を狩りとっていく事に、なんの抵抗があるだろうか? 今日の一冊。 「モンゴ−ニューヨークのゴミをめぐる冒険−」 (テッド・ボサ、筑摩書房) 大都会ニューヨークの路上を深夜〜早朝(時に真昼)にかけて跋扈する、<ストリートコレクター(路上の収集家)>たちの生態。 そして、彼らの姿を通して気付く、<価値>の意味。 世界に無駄な存在なんてない。 モノも、そして、ヒトも。 |


