04.12.11:14
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11.15.14:49
みなさんは「行きつけのお店」、というのはいくつくらいあるだろう?
書店に限らせてもらって、僕の場合は5〜6ヶ所。 普段の仕事帰りに気軽に立ち寄れる所から、いざという時の「勝負店」まで。 一番立ち寄るお店では、顔も覚えられているし、時折レジの女の子と他愛ない雑談もする。 (毎回購入する数が数だから、覚えられるのも無理はないのだろうが・w) これは、そんなお店での、昨日の出来事。 少し対応のもたつく店員さん(男性)がいる。 頑張っているのが分かるし、大きなポカをやらかされない限りは生温かい目で仕事ぶりを見守っている。 その店員さんの仕事にクレームをつけている客(男)がいた。 いわく、「(頭が)足りないんじゃないのか」「あんなのを対応させるな」「クビにしろ」etc.・・・。 店中に響き渡るほどではないが結構大きな声で、こちらの耳にも聴くともなしに聞こえてきた。 『文句あるんならもうこの店に来なきゃいいだけの事じゃないか・・・』 内心つぶやきながら棚を眺めていると、その男の携帯が鳴った。 電話に出たとたん 「あ、お世話になっております」 ・・・男 の 口 調 が 1 8 0 ° 変 わ っ た 。 「はい、はい・・・いえ、その件は・・・なんとかこれで・・・」 おそらく、仕事先(想像するに、何かの納品先)のお偉いさんからあれこれと注文を出されているのだろう。 しきりに頭を下げている。 そして、その電話を切った瞬間から、また前の口調で文句を言い始めた。 強者の立場から弱者へ投げつける言葉の暴力。 その「強者」が「弱者」に転換し、言葉の暴力を投げつけられる。 自分がどちらの立場にもなりうることが分かっていれば、他人にもっと寛大になれるのではないか? もっとも、そう簡単にはいかないのが、エゴの固まりである人間なのだが・・・。 書店で見かけて、まだ買っていないこの二冊を、今度読もうと思った。 「モラル・ハラスメント−人を傷つけずにはいられない−」 (マリー=フランス イルゴイエンヌ、紀伊国屋書店) 「あなたは変われる−言葉や態度に傷つけられた心を救う本−」 (グレゴリー・L・ジャンツ、毎日新聞社) PR
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11.13.22:49
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11.13.20:29
テサロニキの街中で新しいもの/古いものを問わず多くの教会に出くわした。かの地の宗教はギリシャ正教会が中心。 ガイドブックによれば、街なかで方角がわからなくなった時に教会が役立つという。 入り口が西、祭壇が東と決まっているのだ。 見知らぬ土地では迷うのがお約束になっている僕だが、その「迷うこと」自体を楽しんでいるので、お世話になることはなかった。 無宗教な日本人である僕が教会の中へ立ち入るのは、真摯な信者の人たちへの冒涜のような気がし、中を覗くこともしなかった。 街中を当然のように闊歩する、<ラーソ>と呼ばれる黒衣をまとった聖職者たち。 聖人や天使たちを描いた聖像(イコン)の複製品を売る商店。 教会の中までは入らなくても、道角にある祭祠(と言っていいのだろうか?)に入り、祈りを捧げ灯りをともしていく人々・・・。 <宗教>と考えると重くなる。 人々の生活の中に空気のように存在する、「なくてはならないもの」なのだろう。 写真は、テサロニキから少し離れた景勝地でみかけた、小さなイコンをまつった祠(?)。 今回のタイトルは、11月19日より公開される奇談の原作、「生命の木」(諸星大二郎)の中のセリフ。 |
11.11.07:57
先日の記事で「水」のことを取り上げた。
そこでいただいたコメントの中で 「お茶などを飲んでいるのは遅れているのか?」 との意見をこちらからいただいた。 そんなことはもちろんないと思う。 話の流れが<水>にいっただけだ。 個人的にもお茶は好きだし、コーヒーも飲む。 スターバックスやタリーズなどのいわゆるシアトル系コーヒースタンドは機会があれば立ち寄る。 (「石を投げれば当たる」ほどの首都圏と違って、今住んでる場所にはない・・・orz) 東京に顔を出す時にはこちらやこちらといった中国茶の専門店にも時間があれば足を運ぶ。 (まったりしすぎて時間を忘れるのが難点・・・)。 紅茶の専門店は、あまり守備範囲にないので思い浮かばない。 で、今回のインタラクティブ企画。 <1>コーヒー、日本茶、紅茶、中国茶、その他(チャイなど含む)、あなたのお好みは? <2>その中でおすすめの銘柄(orブランド)は? <3>シアトル系スタンドの「スマイルもいかがですか?」的いっぱいと、喫茶店の渋いマスターの淹れる一杯。どちらをとりますか? でははりきってどうぞ(w (11月13日22時20分追加) ・・・コメントできない状態と今まで気付かなかった・・・orz。 再構築かけたら治りました。 13日の記事もあわせて、コメントよろしくです。 |
11.09.09:11
11月もまもなく三分の一が過ぎようとしている。
街の中に電飾が増えはじめる時期。 神戸のルミナリエをはじめとするライトアップ。 少し(かなり?)早めのクリスマスツリー。 個々の家々の壁や窓を照らす電球たち。 ひとの作り出す光は、闇を締め出そうとするかのように増殖している。 ケータイの画面すら、あたりの闇を拒絶する。 だけど、そうして追い払おうとしているはずの闇に 逆に僕たちは惹かれる。 ないものねだり? そうかもしれない。 でも、それも悪くない。 闇の中でしか見えない世界は、確実にあるのだから。 今日の一冊。 「夜旅」 (中野 純/文・中里 和人/写真、河出書房新社) (出版社のリンクはこちら) <旅の夜>ではなく<夜の旅>へといざなう、夜の帳の向こう側にしか現れない「風景」をおさめた写真集。 さぁ、闇に包まれよう。 至福の夜の闇の中へ・・・。 |

