06.03.13:12
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10.29.23:44
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10.29.00:39
性善説と性悪説。
もともと人間はどちらの存在なのだろうか。 「渡る世間に鬼はなし」(鬼ばかり、ではない、念のため)と 「人を見たら泥棒と思え」 の、どちらを信じていけばいいのか。 ひとつ言えるのは、完全な<善>の人間なんていない、ということ。 どこかに何がしかの<悪>を持ち、<闇>に憧れる。 光があれば闇はできるし、闇があるからこそ光が際立つ。 それが人間の心理、なのではないだろうか。 迷宮入りした犯罪に魅かれ、その犯人像に迫ろうとするのも、自分の中の<闇>がそうさせているのかもしれない。 で、今日の一冊。 「リジー・ボーデン事件の真相」(仁賀 克雄、河出書房新社) <切り裂きジャック>と並ぶ、アメリカ犯罪史上最大の謎である「リジー・ボーデン事件」についてのノンフィクション。 <ジャック>は連続娼婦殺人事件、であったが、「リジー・ボーデン」は末娘が両親(実父と継母)を白昼に手斧でめった打ちにして殺した、とされるもの。 ただし、陪審員制度による裁判で、彼女は<無罪>となっている。 この本の中で出されている結論そのものは目新しいものではないので、意外性を求めると肩透かしをくらうかもしれない。 それだけは念頭にして読んでいただきたい。 |
10.28.00:05
今は昔。
FMが今よりももっと「音楽の発信基地」だった頃。 FMの情報誌が5-6誌出ていた。どれも同じ、という訳ではなく、よりクラシック寄りのもの、ラジオやスピーカーに造詣の深いもの(故・長岡徹男氏の連載があったり)など、特色がそれぞれにあった。 また、番組の情報欄も微妙に内容がことなり、ある雑誌には載っているのに他の雑誌には載ってない、なんてことも珍しくなかった。 それを見ながら毎週エアチェックを欠かさなかった。曲の頭(もしくは最後)にDJのトークがかぶることもなく、自分なりのコンピレーションテープが簡単に作れた。 もちろん、AMの深夜放送も聴いていた。オールナイトニッポンやパックインミュージック・・・といった定番よりも、<ミスDJ>(文化放送)を九州から必死になって聴いていたのが懐かしい。 でも、当時のFMとAMは、それぞれの特徴・・・というか棲み分けがきちんとできていたように思う。「未知の音楽との出会い」は、やっぱりFMに軍配が上がっていた。 こだわりのあるDJが、それぞれの美意識にのっとって紹介してくれる音楽。それは何よりもすてきな出会いだった。 で、今日の一冊。 「200CD British Rock」(イアン・サウスワース+中山義雄、立風書房) 生粋のイギリス人が日本人のために書き下ろしたブリティッシュ・ロックのガイド集。 日本人が紹介するのとは違った視点で書かれているのが面白い。 かなり辛口のコメントもあるけれど、そこは「考え方」の問題。そういう意見もあるのだ、と思いながら読み進めて欲しい。 BGM. oyster by Heather Nova Sony/Work OK67113 |
10.27.09:00
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10.25.23:36
・・・井上陽水ですか(笑)。おかげで今日は帰れないのだが。
「1+1=2」。これは算数で習うごくごく始めの一歩。 算数、どころか、それ以前から感覚として覚えるものかもしれない。 でも、ふと思うことがなかっただろうか? 「どうして1+1は2なんだろう?」 どこで読んだかは忘れてしまったが、手に持った泥だま二つを思いっきりぶつけ合わせたら一つになるのを大人に見せつけ、「1+1は1じゃないの?」と詰め寄った子供がいたそうだ。 では、「1+1が2になるのは何故か?」 答;「それが同じ数だと決められたから」 ・・・え?それで答えになってるの?と思うあなた(いや私もそうだけど)、こちらの本をおすすめ。 「論理サバイバル」(三浦 俊彦、二見書房) いわゆるパラドックスやジレンマの例を多数とりあげ、「どうしてそうなるのか」を事細かに検証している。 正直なところ、かなり歯ごたえのある本。どちらかというとつい最近でた同じ著者の「心理パラドクス」を充分読み込んでからの方がいいかもしれない。 かく言う私も、そちらから読み直しの真っ最中。 |
