03.14.06:51
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02.20.08:19
すでに旧聞になりつつある「産む機械」発言。
検索かければいくらでも関連記事は出てくるので、ここで引用するものはほとんどない。 ここで訊いてみたいのがひとつ。 「産む機械」があるということは「産ませる機械」もある、ということ。 かの失言者は「産む機械にがんばってもらわなければ」と言った。 では、「産ませる機械」にも当然がんばってもらわなければいけないのではないか? がんばれない「産ませる機械」は、果たしてどうなるのだろうか? 今日の一冊。 「性的不能者裁判-男の性の知られざる歴史ドラマ-」 (P. ダルモン、新評論) (Amazonのリンクは「こちら」) 17-8世紀のヨーロッパにて実際に行われていた「不能者」を弾劾する裁判。 その裏にひそむ「迫害する側」の心中を探り出す。 比翼連理。 そんな言葉はすでに通じないのか? PR
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02.09.08:27
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02.01.09:09
昨年末は、あまり道路工事現場に出くわしていなかった気がする。
今住んでいるところはもともと渋滞しやすい。 また、一身上の都合で公共機関を使う移動〜それも鉄道ばかりなのだ。 だから遭遇しないだけなのか? もうすぐやってくる年度末。 多分、僕が遭遇しないだけで、またあちこちで追い込み工事(税金の無駄遣い)が始まるだろう。 そして、そこではいろんなひとが体を張っている。 どこかで見かけた、あのヒトも。 今日の一冊。 「街角のオジギビト」 (とり・みき、筑摩書房) 工事現場の看板に「ご迷惑をおかけしております」「はいってはいけません」などとともに描かれているアノひとたち。 20年来にわたり収集された彼らの姿を一挙公開。 雨の日も風の日も雪の日も。 苦行僧は、祈りをささげる。 |
01.21.19:03
先日の大阪行の帰り。
なにかお土産を、と考え、JR大阪駅をふらふらしていた。 目に留まったのが「551蓬莱」の豚まん。 三日しか保たないのがネックで、どうしようかかなり悩んだのだけれど、二個入りを二つ買った。 翌日、職場の人間と温めた豚まんをほおばっていた。 そいつがふたつほど訊いてきた。 「なんで551なの?」 「なんで<豚まん>なの?<肉まん>じゃないの??」 確かに入っているのは<肉>だが・・・。 今日の一冊。 「<vesta>No.65ー特集・食のことばー」 (財団法人・味の素 食の文化センター発行) (<こちら>や<こちら>から通販可能) 日本各地に残る<食>にまつわる独特の表現や新しく生まれてきている表現から、日本の食文化の体系をさぐる。 生きていられる幸せ、ご飯が食べられる幸せ。 そのすべてに感謝して「いただきます」。 |
01.14.15:40
幼少児期の記憶、というのは、かなりその後を支配する。
幼稚園か小学校低学年の頃だったと思う。 母方の祖母の家へ遊びに行った。 「say*3(無論本名でw)が来たし、今日はご馳走にしようかね」。 祖母はそう言い、鶏小屋へ僕を連れていった。 「こいつにしよう」 一匹選び、庭の隅にある手洗い場(WCではない)に向かう僕と祖母。 彼女の手には、鉈があった。 鶏の脚を縄でくくり、逆さ吊りにし・・・。 僕はその場で、一部始終を見ていた。 そして、その夜に出てきたカシワの味を、多分僕はまだ覚えている。 今日の一冊。 「世界屠畜紀行」 (内澤 旬子、解放出版社) (本の表紙写真は<こちら>) 日本の豚・牛などの屠畜からモンゴルの羊・韓国の犬・バリ島の豚の丸焼き・カイロのラクダ・・・ 世界中の「屠畜」の現場を、イラストをまじえて紹介。 命を「いただく」。 崇高とは言わない。だが、目をそらしては、いけない。 |