04.10.14:02
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01.11.09:02
うちに足しげく通ってくださる方々は、少なくとも「パソコンを使う環境」にある方々だろう。
(携帯だけから覗いてる方はほとんどいらっしゃらないと思う・・・) 大半はWIN。 一部にはLinuxやSolarisといった方々もいらっしゃるかもしれない。 その間にAPPLE(Mac)がある。 僕は林檎使いだ。 ただ、今の林檎は8年近く前の林檎。 だましだまし使っている部分も多い。 そろそろ新しい林檎が欲しくなってきた。 日本時間の11日午前2時から林檎売りの総裁が基調講演をアメリカで行った。 そこで、新しい林檎が発表された。 新iMac。 そして、 MacBook Pro。 「Intel、入ってる」になってしまったことで、林檎に愛着のあるヒトの中には敬遠する姿勢の方もいるだろう。 でも、仕様を見ていると、ムラムラしてくるのも事実。 「ポチッとな」をやってしまいそうな自分がいる。 初期ロットだから様子をみろ、という自分もいる。 勝つのはどちらだろう? PR
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01.09.13:42
昨年、この本(の前作)を紹介した時には、ほとんどコメントがつかず黙殺されたような形になった。
確かになんともコメントのしにくい内容ではある。 紹介したHPを覗きに行かれた方がいらっしゃれば、 「 と ん で も ね ぇ ・・・」 と思われること必至だろう。 僕は自分が善人だと言い切る自信はない。 猫をかぶり、相手によってその<猫>を使い分け、こうして今まで過ごしてきた。 そんな猫を剥がした<本音>の部分を、彼らが代弁してくれている気がしてならない。 すべてに同調するわけでは、もちろん、ないけれども。 今日の一冊。 「社会派くんがゆく!−維新編−」 (唐沢俊一&村崎百郎、アスペクト) (出版社のリンクはこちら) 2004年12月〜2005年11月までの対談をさらに濃くまとめあげた、宇宙最強社会時評。 ひとの中にあるものは善と惡。 どちらも、おそらく、必要なもの。 |
01.07.09:04
書店の家庭医学関係コーナーにたち寄ると、様々な健康法の本が、それこそ「売るほど」並べられている。
(ここは笑うところです・w) ただ、これらの本には「治る」という言葉を出してはいけない。 薬事法その他にひっかかるからだ。 でも、医者の出す薬なんて怖くて飲めない、というひとは、それほど少なくないと思う。 最近だとタミフル騒動がそうだし、他にはステロイド剤など。 アトピー皮膚炎のお子さんをもつ親は、後者には特に敏感だろう。 ステロイド入りの軟膏がイヤ、ということで様々なモノにはしる。 そして、そこにつけこむ魑魅魍魎がいる。 薬は治って当たり前、と思われるだろう。 でも、そうとは限らない。 「根拠に基づいた医療」(EBM)という言葉があるが、この<根拠>だって100%ではない。 天秤がプラスに傾くか、マイナスに傾くか、最終的なところは神のみぞ知る、であろう。 では、マイナスに傾くことが分かっているものに手を出すと、どうなるか・・・? 今日の一冊。 「実録ドラッグ・リポート」 (草下シンヤ、彩図社) 自らが<ドラッグ>使用者であった著者の、ドラッグ体験の狭間で起こった出来事を切り取ったレポート。 金融も、クスリも、自己責任。 ご利用は計画的に。 |
01.05.09:10
いわゆる「松の内」が明けた。
ごく一部のひとたちを除いては、もう平常営業モードだろう。 <お正月>の感覚がほとんどなくなってきているのは、みんな何となく肌で感じている。 年賀状の枚数は少しずつ減っている。 電子メール年賀状に抵抗がなくなってきているのもある。 そのうえ、こんなことをする輩まで出ている。 お節料理も、デパートその他で買うことが増えた。 「かまどの神・火の神を休ませる」という風習からきている部分もあるのだが、この辺りも忘れられている。 時代とともに変化していくのは仕方ないのかもしれない。 でもせめて、音にひたって、気持ちだけでも忘れずにいたい。 そういう<音>のご紹介。 「あたま金−上野茂都唄草紙・其の壱−」「緑の人よ−同・其の弐−」「蕎麦屋の隅で−同・其の参−」「布団が俺を呼んでいる−同・其の四−」 (いずれもOff Note。通販はこちら) 三味線の弾き語り、そして「つれれこ社中」のメンバーとしてその筋では有名(?)な上野茂都氏による、和洋折衷東京モダーン・ミュージック(現代浮かれ節)。 和のこころ、和のきもち。 それを伝える匠の姿、凛として。 ![]() 写真は四枚のアルバムのジャケット。写りが今イチなのはご愛嬌(orz)。 |
01.03.09:08
僕は今、自宅の寝床の中でこれを書いている。
今日で僕の<新年>は終わり、明日から日常が帰ってくる。 <日常>・・・? 世界とのつながりを<日常>と呼ぶなら、その<日常>はみんな同じとは限らない。 以前の記事でも書いたが、五感を通じてつながる<世界>は、隣の愛するひとの感じる<世界>とは違うかもしれない。 僕の感じる<世界>、<日常>が、たとえきみの感じる<世界>と異なっていても、きみを愛する気持ちに変わりはない。 でも、その事を話せば、きみは僕から遠ざかっていく、間違いなく。 だから、僕は「普通」のふりをする。 きみの感じる<世界>も世間一般の「常識的な世界」とは違うかもしれない。 でも、その確率は、限りなく低い。 そんなふたりが出会うとしたら、それは、神の気まぐれなのだろうか・・・。 今日はまず映画のご紹介。 「ギミー・ヘブン」 (2005、日本、監督:松浦徹) <共感覚>(<Synaesthesia>)と呼ばれる「ある感覚(例えば視覚)刺激で他の感覚(例えば触覚)を一緒に感じてしまう」感覚。 誰にも理解してもらえない<共感覚>を持った男(江口洋介)と女(宮崎あおい)が出会ったとき。 そこから悲劇が始まる・・・。 1月14日(土)、ユーロスペースを皮切りに全国順次ロードショウ。 そして、この映画を紹介するきっかけとなった一冊。 「共感覚者の驚くべき日常-形を味わう人、色を聴く人-」 (R.E.シトーウィック、草思社) ひとりの共感覚者と出会ったneurologistが、彼を研究する中で解きほぐしていく、感覚/意識の正体。 世界はゆらぎ続ける。 そのゆらぎを止めるのは、自分自身。 |

